上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
イタリアに来て1ヶ月、
ミラノに来て約1週間が経ちました。

お陰さまで、信じられないくらいに刺激に満ちた
良い時間を過ごしています。

仕事も今週から始まって、
未体験のことだらけで苦労しまくりですが、
たったの5日間とは思えないほど
すでに多くのものを得られた気がします。
あと7週間。アッという間に終わっちゃいそうだから
毎秒を大切に集中していきます。


ずーっとブログ書けずにいたのですが、
さっきようやく時間を見つけて
ブログに載せるために写真を選んでいたところ、
ブラジル人のルームメイトに飲みに誘われて
ミラノの夜を体験して帰ってきたらもう3時。笑
昨日も彼に誘われてMilano Film Festival関連のイベントの
ライブ(JET来てました)に行って3時過ぎまで外にいたので、
ミラノでの初の週末ですが
ちゃんとイタリアっぽい感じに過ごせました。笑

選びかけていた写真たちは
サイズを変えなきゃいけなかったりで面倒なのであきらめますが、
昨日、今日といろんなバックグラウンドのいろんな人種の人と飲んでいて、
この1ヶ月の海外生活で生まれてきた自分の新しい意識が
ますます強まってきたので、この感覚が新鮮なうちに書き記すことにします。


その意識ってのは、
日本にいて「日本人っぽいね」って言われるような日本人になりたい。
という希望。(というか決意。)

現状では、よく帰国生に間違えられたり
「ハワイ在住日系三世っぽい」といじられたり、
日本人への道は険しそうですが、これは
自分がこれからどんな人間になっていきたいかを考えての真面目な決意です。笑

Veneto Experienceでの最後のプレゼンに選んだテーマ"here/there"や
その講評で出てきた"somewhere/anywhere"の議論あたりから、
「自分のいる場所はなんなのか」とか
「自分の中にある場所はなんなのか」みたいなことに意識的になってきて、
そうすると、
自分の中にあるトーキョーがいかに実体のないもので
自分のいるイタリアの都市がいかに固有性に満ちた場所なのか、
ということに思いが行き着くようになってきました。

単純に知識として、もっと日本や東京のことを知りたくなるし、
内向的な話としては、22年間かけて体験してきた自分の中にある日本や
自分の中にながれる血の中の日本を慎重に観察してみようと思います。

Carlo Scarpaの作品には、彼が「ヴェネツィア出身の建築家であること」が
全体構成からディテールのレベルまでいろんな点で表れていた。
もちろん、それはコンテクストにあるものを単純に引用するのではなくて、
スカルパさんの中で消化されて吸収されたヴェネツィアが表れていた。
それが意識的か無意識的かはわからないけど、
作品そのものから(理論でなく空間から)それが読み取れるのは
すっごく大事なことだと、Venetoでの3週間が教えてくれた気がします。

国際化が進む今日、国際的都市トーキョー出身の僕が
どんな固有性を表現できるのかは、
自分がいる日本や東京をちゃんと知っているか、や
自分の中にある日本や東京をちゃんと知っているか、に
かかってくるのかなとなんとなく思うようになりました。

うん、去年の欧州の旅や建築ノートTable of Youthや卒業制作を経て生まれた
問題意識の向かう先が、ぐっと具体的になってきた気がする。

けども、ここらへんの話(特に"somewhere/anywhere"みたいな議論)は
建築の世界では「場所/非場所」という言葉でもう既に
かなり多くの議論がされているから、そこもちょっと勉強せねばと感じます。
一方で、「場所/非場所」なんて言葉を使うと話が小難しくなる気がして
もうちょっとフワフワしたコトバのまま
自分の中で旅をさせていたいなー、とも思ったり。

まぁそんな感じで、こっちに来てなかったら気づけなかったことがいっぱいで、
充実な日々を過ごさせていただいているわけです。ありがたやありがたや。


pizze

スポンサーサイト

| main |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。