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週末はVeronaに行ってきました。


pizze

Arenaでやってるライブの音と光と熱狂が漏れだしてて
おこぼれをもらいにたくさんの人がArenaの周りに集まってだべってる。

ただの遺跡や観光スポットとして残っているんじゃなくて、
今もまだ頻繁にオペラやコンサートに使われてるってのがすごい。

日常/非日常、市民/観光者、現代の音や光/2000年前の遺跡が
街のど真ん中で違和感なく溶け合ってるすごーく不思議な風景。


pizze

街の北半分くらいを使ってギリシャ文化を伝えるイベントをやってた。
広場や街路や建物内のいろんな場所で
展示やらステージやら飲食やらアトラクションやら、とにかくいろいろ。

この写真は、
いかにカッコ良く箱を使ったアクションができるか、みたいな
競技(?)をしているところ。ギリシャとの関係は不明。笑
youtubeで建物の屋上とか屋根とかを跳ね回る人の動画を見たことがあるけど、
それみたいなものかねぇ。
若者からおっさんまで、とにかく飛び跳ねてました。


pizze

・・・。


pizze

スカルパもしっかりね。Banca Popolare di Verona。


pizze

スカルパその2。Museo di Castelvecchio。


スカルパについては書き始めるととまらなくなりそうだけど、少しだけ。

Castelvecchioは想像以上の傑作。

Bancaはファサードのみ。
けど、ファサードだけなのに、
自分の中での解釈の多様さとその不確実さに驚かされる。

特に、いままで見て来たスカルパ作品の中での
立地(Venezia, Altivole, Monselice, Verona)や
プログラム(門、墓:新築、ギャラリー:改修、美術館:改修、銀行:増築)とかの
プロジェクトの与件による「相違点」と
同一人物が設計していることによる「共通点」との関係性を考えていると
頭の中がぐるぐるしてとまらなくなる。

なんてこと書きながら、
ミリグラムスタジオの内海さんが環境Aのレクチャーで
「建築は個々のプロジェクトの外的な要因と設計者の内向的な思いの間で生まれるんだと思う」
というようなことを言っていて、3年生だった当時
なんだか妙に感動して深く考えさせられたのを思い出しました。
自分はTAとして授業に参加していたけども
このレクチャーは設計を始めたばかりの人に向けてのものだったわけで、
今考えると、なんて当たり前のことなんだー、とも思ってしまいますが、
けども、これが今の自分にとってすごく大事なフレーズだなと感じます。

内向したときにある何か、ってのを育てなきゃならんのです。

イタリアに来て1ヶ月、
ミラノに来て約1週間が経ちました。

お陰さまで、信じられないくらいに刺激に満ちた
良い時間を過ごしています。

仕事も今週から始まって、
未体験のことだらけで苦労しまくりですが、
たったの5日間とは思えないほど
すでに多くのものを得られた気がします。
あと7週間。アッという間に終わっちゃいそうだから
毎秒を大切に集中していきます。


ずーっとブログ書けずにいたのですが、
さっきようやく時間を見つけて
ブログに載せるために写真を選んでいたところ、
ブラジル人のルームメイトに飲みに誘われて
ミラノの夜を体験して帰ってきたらもう3時。笑
昨日も彼に誘われてMilano Film Festival関連のイベントの
ライブ(JET来てました)に行って3時過ぎまで外にいたので、
ミラノでの初の週末ですが
ちゃんとイタリアっぽい感じに過ごせました。笑

選びかけていた写真たちは
サイズを変えなきゃいけなかったりで面倒なのであきらめますが、
昨日、今日といろんなバックグラウンドのいろんな人種の人と飲んでいて、
この1ヶ月の海外生活で生まれてきた自分の新しい意識が
ますます強まってきたので、この感覚が新鮮なうちに書き記すことにします。


その意識ってのは、
日本にいて「日本人っぽいね」って言われるような日本人になりたい。
という希望。(というか決意。)

現状では、よく帰国生に間違えられたり
「ハワイ在住日系三世っぽい」といじられたり、
日本人への道は険しそうですが、これは
自分がこれからどんな人間になっていきたいかを考えての真面目な決意です。笑

Veneto Experienceでの最後のプレゼンに選んだテーマ"here/there"や
その講評で出てきた"somewhere/anywhere"の議論あたりから、
「自分のいる場所はなんなのか」とか
「自分の中にある場所はなんなのか」みたいなことに意識的になってきて、
そうすると、
自分の中にあるトーキョーがいかに実体のないもので
自分のいるイタリアの都市がいかに固有性に満ちた場所なのか、
ということに思いが行き着くようになってきました。

単純に知識として、もっと日本や東京のことを知りたくなるし、
内向的な話としては、22年間かけて体験してきた自分の中にある日本や
自分の中にながれる血の中の日本を慎重に観察してみようと思います。

Carlo Scarpaの作品には、彼が「ヴェネツィア出身の建築家であること」が
全体構成からディテールのレベルまでいろんな点で表れていた。
もちろん、それはコンテクストにあるものを単純に引用するのではなくて、
スカルパさんの中で消化されて吸収されたヴェネツィアが表れていた。
それが意識的か無意識的かはわからないけど、
作品そのものから(理論でなく空間から)それが読み取れるのは
すっごく大事なことだと、Venetoでの3週間が教えてくれた気がします。

国際化が進む今日、国際的都市トーキョー出身の僕が
どんな固有性を表現できるのかは、
自分がいる日本や東京をちゃんと知っているか、や
自分の中にある日本や東京をちゃんと知っているか、に
かかってくるのかなとなんとなく思うようになりました。

うん、去年の欧州の旅や建築ノートTable of Youthや卒業制作を経て生まれた
問題意識の向かう先が、ぐっと具体的になってきた気がする。

けども、ここらへんの話(特に"somewhere/anywhere"みたいな議論)は
建築の世界では「場所/非場所」という言葉でもう既に
かなり多くの議論がされているから、そこもちょっと勉強せねばと感じます。
一方で、「場所/非場所」なんて言葉を使うと話が小難しくなる気がして
もうちょっとフワフワしたコトバのまま
自分の中で旅をさせていたいなー、とも思ったり。

まぁそんな感じで、こっちに来てなかったら気づけなかったことがいっぱいで、
充実な日々を過ごさせていただいているわけです。ありがたやありがたや。


pizze

無事にVeniceに着きました!

歩いててワクワクしっぱなしです。
ちょっと散歩のつもりが、
地図を見ずに気の向くままに歩いてたら
いつまででも歩いてたくなっちゃって
ホステルまで戻るのが一苦労でしたが、大満足です。

けども、思ってたより暑くて、けっこう湿度もあるし、
水路だらけのわりには風はあまりなくて、
夕暮れ時なのにこのジトジトにはちょっと驚きました。

明日からワークショップ合流です。
いっぱい疲れられると思うので、11時前だけどもう寝よー。


venice2


venice1

急な報告になってしまいますが、
今日から約3ヶ月、イタリアに行ってまいります。

前半3週間ほどはMITのワークショップでVeneto州内をうろうろし、
その後2ヶ月間はミラノの細江勲夫さんの事務所で
インターンをさせていただけることになりました。
週末などにいろいろ旅もできそうです。

急に決めたので友達と会ったりもあまりできず、
イタリア語も少ししか勉強できず、
ミラノの家もまだ決まっておらず、とドタバタしてますが、
3ヶ月はアッというまだと思うので、
みっちり刺激を受けてたくさん吸収して帰ってこられるよう頑張ります。

落ち着いたら写真とかアップしていきますので、
たまに覗きにきて下さーい。

11月14日に帰ります。
北イタリアにお越しの際には是非ご連絡をお願いします。

では!チャオ!

来世はやっぱり鳥にしよう
そして次のチャリはロードバイクにしよう


数日前のこと。
先輩Nさんと共同したアイディアコンペを提出しに夜に藤沢まで行って、
湘南台まで帰ってきたところでSFCまでのバスがなくて
歩く決意を固めかけたとき、駅で運良く後輩Sに遭遇できて彼のチャリを借りて
キャンパスまで戻ってこられました。なんともラッキー。

こいつのチャリが本当にすごかった。
いや、チャリがすごいかはわからないけど、
とにかくすごく気持ちよく走れた。
ロードバイクってカテゴリーだと思うのだけど、
車輪の幅が狭くて空気圧が高いものだから
抵抗がものすごく少なくて、惰性だけでどんどん走る。

んで、走りながら、小さい頃によく見た夢を思い出しました。
それはタカだかワシだかになって空を飛ぶってやつ。
重要なことは羽ばたかずに飛び続けることで、妙に気持ちいい気がしてました。
そんな夢を見て目を覚ますと「あー鳥になりてー」って思ってた記憶が
けっこう鮮明に残っていたり。

いまだに、ワシとかタカとかの飛翔の映像を見ると興奮します。
鎌倉でトビを見ても興奮します。

「漕がずに走る」が「羽ばたかずに飛ぶ」に結びついた
なんとも単純で平和な思考回路だったけど、
次に乗る自転車はロードバイクにするぞって心に決めた夜でした。

ま、今乗ってるマウンテンバイクはまったくダメになる気配がないから、
次に自転車を買い替えるのなんて何十年先かわかりませんが。。。
壊れるまでは乗るし、チャリの不調なんてだいたい直せちゃうわけだし。笑
ちょうど今日も、後輪ホイールが歪んで不具合がでてきたので
近所の自転車屋さんに修理に出して来たとこ笑
まだ5年くらいしか乗ってないから、まだまだ働いてもらいます。

なんか建築のことを書くブログみたいになってきたから
たまにはこういう脱力なことも記事にしてみました。


ついでに、最近撮った写真をぱらぱらと。


solar eclipse

7/22, 皆既日食, 東京でも見れたねー。


festival

7/26, 近くの公園で祭に遭遇,
ここで水飴を買って手をベトベトにするのが小さい頃の年中行事だった気がする。


plastic cardboard

7/27, マンションのエレベーターのプラダン,
しばらく工事中だったから壁面保護のためにずーっと貼りっぱなし。
毎日増える傷や落書きでそろそろアートの域になってきた。


night view

7/29, 六本木ヒルズからの夜景,
雲の下側が光っていて、東京どんだけ明るいんだ、ってちょっとビビった。


columns

7/29, 六本木ヒルズの柱, この3本の役割は。。。
最近、いろいろと人に会う機会があると
できるだけ自分のポートフォリオを見てもらって
見ているところを観察したり
批評してもらったりしてます。

建築畑の人にもそうでない人にも
とにかくいっぱい見てもらっていったら
ようやく自分のポートフォリオの性質を客観視できるようになってきました。


昨日飲んだ人が非常にクリティカルなことを言っていて、
どうやら自分のポートフォリオは
「とあるライターが黒川の作品を紹介している」ような形式なのだと。

たしかに、a+uとかSDとか(=建築雑誌)をレイアウトの参考にして
作っていたから、これはごもっともな指摘で、
つまり、自分のポートフォリオは
設計者と読者の間に「メディア」を介してしまっていて
自分の主張がストレートに伝わらないように編集されてしまっていたってこと。

学校の制度変更とかいろいろな運的要素が強い事情が重なっていたとはいえ、
実際にスイスの大学院に入れなかったわけだから
自己表現力を含めた自分の実力に対する反省も
しっかりしなくてはいけないわけで、
今、自分のポートフォリオを見てみると、
海を越えてのセレクションに臨むにあたって
自分の姿勢の取り方はちょっと間違っていたなぁと思えてきます。

「俺のすげーんだぜー」っていう訴える力を意識して作らないと、
文化背景の違う外国人が口頭での説明や質疑応答なしで審査する、
っていう土俵に上がれないのでしょう。

「そりゃそうだろ」「何を今さら」って声が聞こえてきそうだけど、
「そうですよねすみません」って感じです。笑


最近で一番大きな気付きは、1ページの中に
どんなにたくさんの情報が詰まっていても、
逆にどんなに少ない情報しか載っていなくても、
結局その情報たちは「ページをめくる」という
全ページ共通の行為に回収されてしまうということ。

本っていう形式である以上、各ページの価値は同等であって、
よほどじっくり読んでくれる人でなければ
各ページから得られる情報の総量はどのページも同じくらいなのだと思う。
だから各ページの情報量にヒエラルキーを持たせて、
特に伝えたいことは1ページに「どーん」と置いて
細かい情報はページ内にいっぱい書いてあってもいい、っていうような
レイアウトを意識しなきゃいけないんだなぁと
これも「今さら」ですが、痛感しています。

一言で説明できる「わかりやすいだけの建築」はNGだと思っているから
どんどん言葉や画を増やしてしまったのだろうけど、
自分の建築に詰まっている情報たちや
計画の裏にある様々なストーリーは等価ではないはずだし、
大事なことを見極めて、自分の生の声を伝えるつもりで
紙に編み込んでいかなきゃいけないなぁということですね。


ポートフォリオは「読む」ものじゃなくて「見る」ものなんだから
伝わり方は画と声であることが大事で、文字でいちゃあダメなんだろうなぁ。


ホントに毎回いろんな発見させてもらえるので、どうかみなさま
僕と会ったらポートフォリオ見てコメントしてやって下さい。
提案内容に関してでも、まとめ方に関してでも。

実際、建築でなくても、なにかしら創造行為に携わっている人とは
設計提案そのものについて興味深い議論ができてたりして、
酒の肴として優れた役回りをしてくれてます。笑
7月11日の理科大藤村ユニットの最終講評会にお邪魔させていただきました。
藤村流の超線形設計プロセスを用いて
「浅草観光文化センター」のコンペを解くという課題。

藤村さんとはSFCで2年後期にやっていた松川昌平スタジオでお会いして以来、
建築ノートのTable of Youthの勉強会や松川スタジオ講評会での議論を通じて
僕の建築観や建築家観に大きな影響を与えている人です。
松川さんや藤村さんがご自身の設計プロセス論をぶつけ合っている場に居合わせて
おそるおそる口を挟ませてもらう、ってのがものすごく刺激的で、
自分のスタンスを定めていくにあたって、松川さん達と議論する時間は
とても大事なものだと思っています。

と、いうことで、
批判的工学主義を掲げているわけでもない学生達が超線形設計プロセスを
使ったときに、どれほど「多様」で「濃密」な解が出てきて、
そのプロセスを踏むことにどんな意味を持たせられるのかに
強い興味があったので、久々の早起きをして行ってまいりました。


討議風景


結論から言うと、「楽しめた」という感じでした。
超線形設計プロセス自体の価値も自分なりにだけど発見できたし、
あとからこうやって考えをまとめていても面白いです。

今の自分は、建築の一番の価値は空間そのものだと考えていて、
建築家は空間体験がどうであるかに対して
一番意識を払わなければいけないと思っています。
他にも大切にしている評価軸はいくつもあるし、
評価軸が多様・多次元であることが建築の面白さだとも思っていますが、
課題に取り組むときも、建築を見るときも、
学生作品の講評会を聴いているときも、基本的には空間の質を考えています。
「できあがったもの」で勝負するべきだということです。

けども、藤村ユニットでは「できあがったもの」への評価は
禁じられていて、プロセス(形態の変化過程とその説明)のみを
コメントの対象としなけばいけません。
これは尋常でないことです。けどこれが面白かった。

「できあがったもの」を評価する軸は十人十色なため、
価値観の合わない人とは深みのない水掛け論になりがちだし、
自分の価値観ではどうにも評価しようがない作品もでてきます。
だから、卒業制作で自分の価値観の集大成みたいなものを
アウトプットした(つもり)後に他の学生の卒制や課題作品を見ると、
おおざっぱに、自分と価値観が近い(=好き)ものと
そうでない(=何が優れているのかよくわからない)ものに分けられてしまって、
伊藤賞(SFCでの卒制審査会)以降の講評会で消化不良が続いていたのが
最近の悩みでした。smtの卒制日本一決定戦とかレモン展とかでも
3年生のときまでのドキドキが味わえないのはなんでだろう、って。

それが、藤村ユニットの講評会は楽しめた。
このことが超線形設計プロセスが「合意形成」のために
有用である、ということを裏付けている気がしました。
どんなに異なった価値観の人同士でも、
超線形設計プロセスを用いて生み出された建築の
「プロセス」に対してならば同じ土俵で対等に議論ができる。

うーん、本など読んでわかった気になっていたけども、
今回、身をもって感じられて良かった。
もちろん、ゲストで来ていた隈事務所の藤原さんが言っていたように
設計の過程において、一つひとつの判断に客観性があって論理的であることは
建築家が持つべき最低限の能力であって、それができたからって
別に褒められることではないのだけれど、このことは
良い建築を生み出すためだけじゃなくて、
お施主を説得するとか、自分の建築をメディアで説明するとかって場面で
いかに自分の建築の価値を他人と共有できるかという意味でも大事なんだ。
当たり前のことだけど、これも「実感」できて良かったです。


さてさてさて、
批判的工学主義において超線形設計プロセスが重要な役回りを務めていることは
よくわかったけども、理科大の学生達は批判的工学主義者だけではないし、
大半はまだスタンス(主義)を模索している状態だろうと思います。

ここからは学生の作品に触れながら、超線形設計プロセスを
教育に持ち込むことに関して感じたことを書こうと思ったのですが、
長くなりそうなので、このエントリーはここまでにしておきます。笑


あくまでも、「じゆう」にいかなきゃです。
しょっぱなから長文&駄文ですみません。

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